「――いや、今日は良く来てくださった。心より歓迎いたしますぞ」
「お招きにあずかり光栄ですわ。【倶楽部】に入会して7年――ご自慢の【彼女】にようやく会わせていただけると聞いて、心待ちにしておりましたの」
私は目の前の、柔らかな微笑みを浮かべた老人に笑い返し、恭しく頭を下げる。
黒社会にも顔が利く世界有数の大富豪にして、【倶楽部】の大先輩。
礼儀はいくら尽くしても尽くし過ぎるということは無いはずだった。
供された紅茶と茶菓子を楽しみながら、まずは当たり障りのない、社交的な会話に興じる。
しばしの歓談の後、会話がひと段落し、部屋の中に沈黙が落ちた。
2杯目の紅茶を飲み干し、ほう、と息を吐く。
「……さて」
精緻な青の模様に彩られた白磁のカップをソーサーに戻し、老人と視線を合わせたと同時――不意に、目の前の老人のまとう空気が変わった。
「【彼女】を紹介する前に、一応念を押させてもらうのだがね……」
好々爺然とした笑みも声音も一切変わらないのに――こちらをねめつける視線の圧が違う。
こちらを腹の底まで見通し、値踏みするかのような、ぞっとするほどに冷酷な視線。
「……重々承知しております。ここで見るものについては、一切の他言無用。万が一にも秘密が漏れた場合には、速やかに【除名処分】が下される――でしたわよね?」
背中に走る冷たい汗の感触を意識の外に追い出しながら、何食わぬ顔で答えを返す。
――【倶楽部】というのは、上流階級の中でもごくごく一握りの人間しか知る者もない、秘密の動物愛好家たちの集まりだ。
希少動物、絶滅危惧種、、外来危険種、天然記念物……そういった動物たちを秘密裏に、非合法にペットとして愛でる愛好会。
当然ながら秘密はこれ以上ない程に厳守されている。
必要とあらば――【除名処分】を用いてでも。
「ならば問題ない。……いや、年をとると繰り言が多くなっていかんな」
一瞬覗いた雰囲気はどこへやら、老人はまた元の柔らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
「あまり焦らしても申し訳がない。……では、そろそろご案内するとしようか。儂(わし)の宝、世界で一番美しい生き物――【イヴ】の元へ」